ツマグロヒョウモンは、暖帯〜熱帯・亜熱帯に分布する大型のヒョウモンチョウで、日本列島はその分布北限にあたります(図1)。
日本では、本州以南の温暖地に土着しており、西南日本〜琉球列島では普通に見られるチョウですが、北陸地方では必ずしもそうではありません。つまり年によって見られたり見られなかったりするのです。
国内における越冬・土着地の北限は多少の変動があるようですが、分布北限の境界は日本海側では福井県南部とされています。
図1 ツマグロヒョウモンの分布図(白水、1960より) 斜線部が分布域
ツマグロヒョウモンのオスは、いわゆるヒョウモン模様をしていますが、メスは羽の先が黒く、中に斜めの白帯があります。ツマグロヒョウモンという名前は、メスの斑紋の特徴をもとにつけられたものです(図2、3)。
福井県の嶺南地方ではツマグロヒョウモンの採集・目撃情報が多く知られていましたが、嶺北地方での採集記録は乏しい状況でした。ところが、1990年代に入ってから福井県内でツマグロヒョウモンが多発する年があり、こうした傾向は北陸地方全般にわたっているようです。最近数年間は石川・富山両県で増加傾向が見られ、富山県では1998年は異常発生ともいえるほど、多数のツマグロヒョウモンが見られたそうです。
昨年、1999年は福井県全域で爆発的ともいえる発生が見られ、夏から秋にかけて自然史博物館周辺でも目撃する機会が多くなりました。印象に残ったのは、小学生が標本同定会に持ってきた昆虫標本の中に、必ずといってよいほどツマグロヒョウモンの標本が含まれていたことで、このチョウがありふれた存在になっていたことがうかがわれました。ここでは博物館周辺で観察したことなどを少し書きとどめておこうと思います。
図2 ツマグロヒョウモン(♂)
図3 ツマグロヒョウモン(♀)
自然史博物館の周辺でツマグロヒョウモンが気になりはじめたのは8月半ばで、他のチョウはいなくてもツマグロヒョウモンだけは館の前の広場で常にいくつかが飛んでいました。オスは広場に設置してある石のベンチなどの定位置に止まり、オス同士で追飛する占有行動をする個体が見られました。広場で見られたのはほとんどがオスでした。
参考までに、博物館前の広場で目撃したツマグロヒョウモンの個体数を書いておきます(メモしてあるもののみ。採集したものを含みます)。
1999年8月17日 1♂1♀
8月18日 1♂
8月20日 2♂
8月28日 1♂
8月31日 1♂
9月 1日 1♂
9月12日 3♂
さて、博物館から運正寺に向かう坂道を下りて行くと南墓地があります。道路のすぐ脇にある小さな花壇には、この時期キバナコスモスが咲いていました。9月の終わり頃、ツマグロヒョウモンがこの花で蜜を吸っているのを見かけるようになりました。いずれも新鮮な個体で、メスも混じっていました。メスは墓石の間をゆるやかに飛んでは地面に止まる行動をくり返す個体が見られ、産卵を連想させるような飛び方でした。さきほどと同じように、南墓地で目撃した個体数を書いておきます。
1999年9月29日 6♂2♀
9月30日 3♂2♀
10月 5日 2♂
墓地で見たツマグロヒョウモンは新鮮なものばかりで、また、墓地内で見つけたスミレ類(正確な名前は不明)にはツマグロヒョウモンの幼虫によるものと思われる食痕(葉や茎に残される食べあと)があったので、ここで発生した可能性が高いと思いました。
その後、11月6日に墓地の中を丹念に探したところ、ツマグロヒョウモンの小さな幼虫(体長は約7?で、たぶん2齢幼虫と思われます)を2頭見つけることができました。
日本列島のなかでも西南日本に分布する暖地性のツマグロヒョウモンが、北陸地方でも当たり前に見られるようになったのは、実は気候の温暖化現象と深いかかわりがあるようです。最近、ツマグロヒョウモンの他にも、いわゆる暖地性のチョウで北進現象が顕著になっているものがあります。いずれも温暖化現象が影響していると考えられています。従来はあまり見ることのなかったチョウが、普通に見られるようになったことを喜んでばかりもいられませんが、これからもチョウという生き物から見た自然環境の変化に関心を持ち続けていきたいと思っています。
長田 勝(おさだ まさる:博物館学芸員)