足羽山の呼び名
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足羽山には、古来いくつかの別名があり、昔の記録には木田山・善住山・足羽神社馬来田山などと書かれています。天正4年(1576年)、柴田勝家が愛宕大権現社を一乗谷から移してからは、次第に愛宕山とよばれるようになりました。
明治に入り、今日の「足羽山」に統一されました。 |
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足羽山の古墳
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足羽山には、足羽山古墳群とよばれる大小様々な古墳があります。その数は三十基以上で、笏谷石でできた石棺や、様々な副葬品が発掘されています。
これらの古墳は4世紀から6世紀にかけて造られたと考えられており、この頃から足羽山と人々との間に関わりがあったことがうかがえます。 |
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足羽山の地質
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足羽山を形作っている岩石は、約1800万年前の火山活動によって生じました。中でもその多くを占めるのが、福井の名石として知られる「笏谷石」です。
美しい青緑色をしたこの石は、古来福井の文化に深く関わってきました。平成28年には、日本地質学会によって「福井県の石」に制定されています。 |
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